| 「じゅういち、じゅうに、じゅうさん…」 「…じゅ、じゅうぅぅ!」 「頑張って、太郎さん!」 遥は一緒にトレーニングしている太郎を励ます。 一緒、と言っても太郎は遥の右手に持ち上げられたベンチプレス台の上で30kgのバーベルといる。 遥は、太郎とバーベルとベンチプレス台をダンベル代わりに、肩の辺りから上ヘと持ち上げている。 「あと10回ですよ、頑張って下さい!じゅうし、じゅうご、じゅうろく…」 励ましながら台を上下させる。太郎は揺れる台の上で胸の上に降りてきたバーベルと挌闘していた。 「ふぬぬぬぬ!」 かけ声はまだいいが、一向にバーベルは上がらない。汗が太郎の顔に滴る。 「私が降ろした時にあげると楽かもしれませんよ」 太郎とは対照的に汗ひとつかいていない遥は上を見上げてアドバイスすると、台を下げる速度を速めた。 「うわ…っ!」 太郎はちょっとした浮遊感と共にバーベルが急に軽くなり腕がのびる。遥は心得ていて、太郎の腕にかかる負担が大きくならないように上げる時はゆっくりだ。 「す、すごいね遥ちゃん、上がったよ」 遥のアイデアと心遣いに感心しながら太郎は言うと遥は少し照れた。 「えへへ…ありがとうございます」 しかし、その遥のアイデアも太郎の非力には長く効かなかった。そのあと3回ほど持ち上げたが、再び太郎はバーベルの下敷きになった。 「…も、もうだめ…遥ちゃん…お、降ろして…」 息も絶え絶えに太郎が言い出す。 「…だめですよ!太郎さんが言い出したんですよ?20回できるまで降ろさないでって言ったのは」 「そ、そうだけど…」 「頑張って下さい」 「でも…」 「ダメですよ!ご自分で言ったんですから、やりきって下さい」 口調は優しいがはっきりと太郎に念を押す。この会話の間にも遥は何度も台を上下させていたが、口調には全く影響していなかった。 「そ、そうだね…」 あきらめたか太郎はなんとか渾身の力でバーベルをあげると、こっそり台へ置こうとした。この1回でさぼる気でいたから上がったのかもしれない。 「太郎さん?」「うわわ…ぐえ!」 遥の怪訝な声と共に台が急に動き、もう少しで置けそうな所だったが大きくバーベルがずれ、また太郎の胸に落ちて来る。 「…さぼろうとしましたね?」 台を肩まで降ろした時にジト目で太郎を見つめる遥は太郎の様子に気付き、台を動かして太郎の野望を簡単に阻止したのだ。 「太郎さんはそのさぼり癖を治さないとダメですよ、でないといつまでたってもできませんよ?」 太郎は、小学生の遥が片手で持ち上げた台の上でいくつも年下の遥に説教されてしまった。そしてバーベルの下敷きという事実も太郎にとっては今重大な問題だった。 「で、でも…もう上がらないよ…」 情けないやら苦しいやらで半べそで太郎は漏らす。 |
|||||||
![]() |
|||||||
| 「…わかりました」 「ほんと?ありがと遥ちゃん〜」 安堵した太郎が遥の顔を見ると遥はにっこり笑った。 「私に任せて下さい!しっかりバーベル握ってて下さいね!」 「え?…うひゃああ」 遥はそう言うとおもちゃでも扱うように台を勢い良く上下させた。勢い良く上げられると太郎の身体はバーベルごと台から浮きそうになり、バーベルが飛んで行きそうになるほどだった。その時に太郎の腕は伸びきる。そして下げられると遥の肩の上にバーベルと共に墜落した。 「ぎゅうぅ!…ぎゃ!…ぐぇ!」 「じゅうし!じゅうご!じゅうろく…」 太郎は無重力とバーベルの墜落をあと数回味わう事になった。 「はい、お疲れさまでした♪」 きっちり20回まで数えると台をゆっくり降ろすと太郎の上に乗ったままのバーベルを戻す。 「…」 太郎は自分で言い出した事だが空中浮遊とバーベルのプレスはなかなか厳しかったようで、放心していた。 |
|||||||